8/23(水)楽天vs.日本ハム14回戦
楽天6-9日ハム。
昨日、楽天対日ハムの試合を見てきました。
球場で野球を見るのは2年ぶりくらいです。
詳しい結果はこんな感じ。
4時間以上にもわたる、追いつ追われつの白熱した好ゲームでした。
個人的には投手戦の方が好きなんですが…。
白眉は新庄の逆転スリーランだったと思います。
ちなみに写真の奥側に写っているのが新庄で、手前は稲葉です。
全然分かりませんね。
分からないから書いておきます。

私は野球は好きなのですが、この試合を見ていくつかのことを再認識しました。
それは、野球と言うスポーツは「投手の個人能力」に著しく立脚しているスポーツなんだなー、ということです。
他のポジションの選手が多少能力が劣っていても、或いは打者として調子の悪い選手が居ても、野球の試合はそう簡単には壊れません。
しかし、投手の調子が悪いと、簡単に試合は壊れます。
出てくる投手がことごとく打たれたら、もはやなす術はありません。
昨日の楽天の試合は正にその典型でした。
どうにか試合の体裁を保てたのは、「点の取り合い」に持ち込むことができたからですが、現状の楽天の戦力ではそれにも限界があります。
また、投手交代の度に時間が浪費されるので、このことも野球の醍醐味を削ぐ一因であるように感じました。

何事もより特殊な条件下の方が問題が顕在化しやすいものですが、今回の例で言えば「高校野球」は正にそれです。
高校野球では1人の投手が全試合を投げ抜くという「暴挙」がまかり通っています。
この理由の一つは「投手」の能力がほとんど絶対的な影響力を有しているからです。
勝つためには質の高い投手を使うのが一番確実なんです。
「野球」というスポーツに占める「投手」の比率はとても大きい。
だからといって「連投」が許されるわけではありませんが。
この辺のことについては別の機会に。

とは言え、「野球場で野球を観る」のはこんなにも面白いものなんだな、と改めて実感しました。
やはり空気が違います。
贔屓の選手の活躍をみるのもとても楽しい。
山崎武司とか。
また見に行こうかなー、と思いました。
近くに野球場がある特権ですね。

(注。山崎の「サキ」、ホントは違う字なんですが、文字化けするので便宜的に「崎」の字を使いました)
このエントリーをはてなブックマークに追加
kasa / スポーツ / comments(0) / trackbacks(0)
世界は広い
ワールドカップを見ていると、つくづく「世界は広いなあ」と思います。
私はこの狭い部屋の中のテレビの画面を通してしかワールドカップを感じていませんが、画面の中には様々な人が、様々な言語で、様々な色を身にまとい、でも一つの「サッカー」というゲームを楽しんでいます。
きっと世界中には私のようにテレビを見ながら色々思いをはせている人も多いんだと思います。

そして試合自体も面白い。
レベルが高いこともあるんですが、本気度が違うからだと思います。
そうすると昨日のトリニダード・トバゴのように、大きな驚きを世界に与えるような国が出てくるんです。
試合を見てましたが、スウェーデンも本気でしたから、非常に面白い試合でした。

また、試合開始時刻一つをとっても世界の広さを感じさせられます。
一日3試合の開始時刻が、それぞれ現地時間で15時、18時、21時。
それが日本時間だと、22時、25時、28時。

ワールドカップ開幕から毎日世界の広さを感じていた結果、体調が悪くて仕方ありません。
25時はともかく、28時はキツい。
二日間全試合を観ただけで、もう限界が近づいてきました。
いやホント、ドイツは遠いですよ。
このエントリーをはてなブックマークに追加
kasa / スポーツ / comments(0) / trackbacks(0)
国歌斉唱と校歌斉唱
頭の中でワールドカップを夢想していて気がついたことがあります。
国家間の対戦の場合、試合前に両国の国歌を斉唱するのが一般的だと思います。
6月12日の場合は、日本の国歌とオーストラリアの国歌が歌われるはずです。
これはサッカーに限らず、先日行なわれていた野球のワールドベースボールクラシックでもそうであったので、ナショナルチーム同士が対戦する時の言わば決まりみたいなものなのかな、と思いました。

ワールドカップが終わってちょっと経つと、甲子園で高校野球が開催されます。
これはこれで非常にエキサイティングなイベントで大好きなんですが、上記の場合とはちょっと違いますよね?
規模とかレベルとかの話ではなく、しきたりが違うんです。
彼らの校歌は、試合終了後に、勝利チームのものが歌われるだけです。

日本代表の選手であっても、甲子園に出場する球児であっても、彼らは自分の所属する地域の代表であることには変わりがありません。
対戦の前に、自分の地域の歌を歌い合うことで、自分が代表である気持ちを新たにし、そして対戦相手への敬意を表することはとても理に適っていると考えます。
同様に、試合終了後に「凱歌」として歌を歌う気持ちも理解できます。
どちらがより優れているとか、良いとかの問題ではないと思います。

私個人の好みの問題で言えば、試合の前に両者の歌を歌うことが好きかな、と思いますが、これは感じ方の問題です。

何はともあれ、お互いに相手への礼儀を失わず、全力を発揮できるような、見ていて気持ちのいい試合を期待しています。
明後日からは睡眠時間が減少すると思いますが、「寝なくて良かった!」と思えるような、そんな試合を。
このエントリーをはてなブックマークに追加
kasa / スポーツ / comments(0) / trackbacks(1)
ギャップ
WBC (World Baseball Classic) では日本が初代王者に輝きましたね。
試合を全部見たわけじゃないですけど、とても面白い試合が多かったように感じました。
各国の野球のレベルが均衡していたこともあり、手に汗握る展開が目白押しでした。
でも、私のように野球好きの人間ならともかく、今回のWBCでは普段は野球から遠ざかっているような人も注目していたようでした。
号外が配られて将棋倒しになってケガ人が出たり、視聴率が40%近くになったり。
サッカーのワールドカップの時でさえ余り見ない光景だと思います。
こうなった理由は恐らく、大勢の人が「野球日本代表」に感情移入してしまったからではないかと感じます。
じゃあ、何故感情移入することができたのか。

「事実は小説よりも奇なり」の言葉通りに、WBCの期間中には色々ありました。
少し列記してみます。

・韓国代表に連敗
・敵の妨害工作による苦境
・絶望からの奇跡の準決勝進出
・ライバル韓国をねじ伏せての決勝進出
・キューバとの壮絶な打ち合いの末につかんだ世界一

今思い返してみると、よく出来た筋書きです。
盛り上がるための要所がハッキリしてますし。
「メークドラマ」「メークミラクル」という言葉を思い出しました。
しかし、これらの事実だけではここまでの盛り上がりを見せることはなかったと思います。
そうすると、キーとなるのはやはり「イチロー」です。

「イチロー」
WBCにおけるイチローは、それまでのイチローとは違うイチローでした。
誰よりも早く参加表明したことも驚きでしたし、WBC期間中、イチローは常に喜怒哀楽を誰よりもあらわにしていました。
「イチローは冷静である」という先入観は消し飛びました。
「屈辱的」なんて言葉は、そうそう言えるものではありません。
イチローらしくないイチローでした。
しかし、感情を爆発させるイチローに同調し、感情移入していく自分が確かにいました。
イチローの言葉は、自分が言いたいことそのものであるように感じられました。

不良がちょっと良いことをすると物凄く良いことをしたように感じるのと同じように、「普段のイチロー」と「WBCのイチロー」のギャップに驚き、そのギャップを好意的に捉え、感情移入し、日本代表のみならず日本をまとめてしまったのが、「WBCのイチロー」だったのかな、と。
これを狙ってやったとしたら凄いですし、狙ってやったような気がします。
ただ、イチローがいくら狙ってたとしても、試合そのもののレベルが低かったらこうはいきません。
「試合が面白い」という事実に立脚した上での話です。

というわけで、もうすぐペナントレースも開幕です。
せっかく灯った野球の火を、大きくするか消してしまうかは、プロ野球界の頑張り次第ですね。
是非とも「面白い試合」をやってもらいたいものです。
そして中日ドラゴンズが優勝すれば、文句なし。
このエントリーをはてなブックマークに追加
kasa / スポーツ / comments(0) / trackbacks(0)
オリンピックに対する違和感
トリノオリンピックが閉会を迎えました。
見られる範囲では見ましたが、沢山の競技を見ることが出来なかったことが個人的には残念でした。

テレビでオリンピックを見ていて、どうにも違和感をぬぐい去ることができませんでした。
メダルを逃すたびに「惨敗」「惜敗」などと煽り立てられていたことに対してです。
4位入賞は物凄く立派な成績だと思うんですが…。
オリンピックはもはや「参加することに意義がある」大会ではないということですね。

非常に端的だな、と思ったのはこの記事の遅塚選手団長の言葉。
http://torino.yahoo.co.jp/news?c=torino&a=20060226-00000056-mai-spo
一部を引用します。
「メダル5個」を目標に掲げながら、フィギュアスケート女子の荒川静香(プリンスホテル)の金メダル一つに終わったことに対して、遅塚団長は「厳粛に受け止めなくてはならない。最低の結果といえる。日本の国民に謝罪を申し上げる」と話した。
「最低の結果」ねえ…。
頑張った選手の人達に対してもの凄く失礼だと思うんですけど。
選手の人達は、胸を張って帰ってくればいいんです。
もし競技で失敗してしまったなら、そのことは反省して今後に活かしてもらえば充分だと思います。
「国民に謝罪」なんて必要ありません。
何にも悪いことはしてないんだから。
むしろ選手に対するサポートが不十分なために(冬季オリンピックの種目になる様な競技は、金がかかったり、専用の施設が必要だったりと満足なサポートを受けにくい)選手が実力を発揮できるような環境を整えられなかったのであるならば、謝罪の対象は選手であるべきです。

と、ここまで書いてこんな記事を見つけました。
観てからも読め!――4位入賞の選手に、拍手喝采を!

言いたいこと、全部書いてありました。
このエントリーをはてなブックマークに追加
kasa / スポーツ / comments(2) / trackbacks(0)
| <<back|<12345>|next>> |