色々の話

「色々」と言う言葉が好きで、日常生活や文章中で多用している気がします。
試しにこのブログの検索で「色々」と入れてみたら、多すぎてブラウザの挙動が不審になるくらいには多用していました。

多くの種類がある様、様々なと言う意味を表すために「色」という言葉を使う感性が私にとってはとても素敵に感じられるのですが、もともとは「色々」と言うのは「様々な色」を表す言葉で、「様々」の対象としての「色」だったようです。
花の色、葉っぱの色、織物の色、紙の色、玉の色など、色彩豊かなものの色を表すために「色々な」と言う言葉を用いていて、それが段々と「様々な」と言う意味に変遷していくことは、現象を捉えるメタ思考として「色」を用いた証のように感じられて、やはりとても私の好みであると感じます。

例えば空を見ていると、いっときとして同じではなく、もともとの意味で表したとしても色々です。
青い空、赤い空、紺の空、黒い空、紫の空、黄色い空、灰色の空、緑の空、白い空、色々です。
そして空の色は、空自体の色だけではなくて、見ている私の捉え方の要素も取り入れて、最終的な私にとっての「色」になります。
抜けるような青空なのに色彩を感じられなかったり、どんよりとした鉛色なのに鮮やかさを見出したり。
色々です。

また、言葉としての色にも強弱があるように感じられます。
「白」「黒」「青」「赤」の4種類だけはそれのみで形容詞化することが可能ですが(白い、黒い、青い、赤い)、それ以外の色はそれほどの強さを持っていません。
かろうじて「色」の助けを借りることによって、「黄」と「茶」が形容詞化できます(黄色い、茶色い)けれど、それ以外の色には名詞としての枠を超えられません。
色々な色があるにも関わらず、色々な制限を超えられた色は色々ではないので、色々と面白いなあ、と思っています。

身の周りにある色々な色、色々な景色、色々な現象、色々な自然、色々な人、色々な自分を色々と楽しむことを、色々ある人生の目的の中でも上位に据えられたら、それは色々と価値があるだろうと感じています。
このブログはそのような色々なものを記録しておく場所として、色々と大切にしていきたいと色々な意味で考えています。
色々と。色々に。色々の。色々な。色々。

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学習のペンギン・ハイウェイ

森見登美彦氏の著作の一つである「ペンギン・ハイウェイ」を読みました。
すごく面白かったです。

B00AR76UAUペンギン・ハイウェイ (角川文庫)
森見 登美彦
KADOKAWA / 角川書店 2012-12-25

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あらすじについては書きすぎるとネタバレになってしまいますので、著者ご本人のものを引用します。
『ペンギン・ハイウェイ』は、わかりやすくいえば、郊外住宅地を舞台にして未知との遭遇を描こうとした小説です。スタニスワフ・レム『ソラリス』がたいへん好きなので、あの小説が美しく構築していたように、人間が理解できる領域と、人間に理解できない領域の境界線を描いてみようと思いました。郊外に生きる少年が全力を尽くして世界の果てに到達しようとする物語です。自分が幼かった頃に考えていた根源的な疑問や、欲望や夢を一つ残らず詰め込みました。(森見登美彦)
森見登美彦さんがはてなを訪問!新作『ペンギン・ハイウェイ』の紹介も より引用。

この話は、冒険譚であり成長譚でありSFでありほのかな恋愛話でもあるので、どの切り口からも感想が書けてしまう感じなのですが、独特だと感じたのは「研究の指南書」としての側面も持っていることです。
主人公である小学4年生のアオヤマ君は、とても研究熱心・勉強熱心で、彼が日々疑問に思ったことをノートに書き留め、調査し、仮説を立て、そして実行していく様はまさに研究者のそれであり、彼は将来とても良い研究者になるだろうなあ、と期待せずにはいられませんでした。
特に冒頭からの引用で、

他人に負けるのは恥ずかしいことではないが、昨日の自分に負けるのは恥ずかしいことだ。一日一日、ぼくは世界について学んで、昨日の自分よりもえらくなる。たとえばぼくが大人になるまでは、まだ長い時間がかかる。今日計算してみたら、ぼくが二十歳になるまで、三千と八百八十八日かかることがわかった。そうするとぼくは三千と八百八十八日分えらくなるわけだ。
と言うのは、本当に本当に大切なことで、でも忘れがちなことで、自分自身の中に刻みつけておく必要性があると感じました。

彼が進めていた幾つもの研究は、物語の中で一つの大きな研究に収束するのですが、この本の中では解決には至りません。
この研究は彼の生涯に渡る研究テーマになるはずのものですので、そう簡単には解決しませんし、しかし彼なら必ず解決させるだろうと確信できる、そんな内容でした。
ヒントは沢山散りばめられていたように感じます。
友人のウチダ君の語る多世界解釈であったり、ブラックホール・ホワイトホールおよび多世界の暗喩としての「海」であったり、事象の地平線におけるホーキング放射を連想させる「ペンギン」の役割だったり。
彼は必ず「昨日の自分よりえらくなって」、彼の研究を完成させて、そして彼の願いを叶える日がくるのであろうなあ、だからこれは希望に満ちたエンディングなんだろうなあ、と読了した時に思いました。

ところで、「学習の高速道路」と言う考え方があります。
将棋の羽生善治氏が語った言葉で、「ITとネットの進化によって将棋の世界に起きた最大の変化は、将棋が強くなるための高速道路が一気に敷かれたということです。でも高速道路を走りぬけた先では大渋滞が起きています。」と言った内容です。
確かにITとネットの進歩によって、ある程度のレベルに至るまでは高速道路を通るように素早く、知識を得ることができて学習することが可能になったと思います。
そこから先、大渋滞を超えるためには最終的には各人の個性、指向、好みが重要になってくると思いますが、アオヤマ君には明確な目的があって、考える頭があって、調べる環境があって、彼しか持ち得ないデータがあるので、彼は高速道路を通り過ぎた後に独自の道無き「けもの道」を進んでいけるはずです。
彼の行く「ペンギン・ハイウェイ」の先が、朗々たる未来であることを願わずにはいられない、とてもとても面白い本でした。

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