とってもだいすき
ドラえーもん。

Doraemon Iphone

何これ素敵。

現在、YahooがドラえもんのiPhoneアプリを16種類、無料で配布しています。
大人のためのドラえもん特集2010
それを全部ダウンロードして並び替えると、こんな素敵なことに。
アプリが16種、と言いつつもそのうちの11種はドラえもんのマンガです。
厳選された11話。
間違いなく名作ぞろいだと思います。

ちなみに上記のサイトではドラえもんのコミック作品30話分も無料で読めるので、是非。
昔子供だった大人にこそ、子供の頃とは違ったドラえもんの面白さが理解出来ると思います。
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2月は時間が気になる季節頃
時間。
今でこそ時間は割とお気軽お手軽に分かりますが、ちょっと時代を遡っただけで「時間」を知るためには多くの労力を要していたことが分かります。
時計は一年を、一ヶ月を、一日を、一時間を、一分を、一秒を等間隔に切り刻むことによって、「時間」を測り、積み上げて行っています。
時計はもちろん機能を形にした機械ですが、概念を形にした機械でもあるので、個人的には大変興味をそそられます。

過去にも数回、「時計」をネタにした文章を書いたことがありました。
それで気づいたのですが、時計が気になるのは私の場合、2月みたいです。

どことなくなんとなく;腕時計(2006212日)
どことなくなんとなく;太陽の力(2006216日)
どことなくなんとなく;やっぱりメカが好き(2006323日)
このエントリだけ3月ですが、中に出てくる腕時計を買ったのは2月です。
どことなくなんとなく;物欲の話(200822日)

そして今日、2010年2月11日。
物欲の話で新しい腕時計が欲しいなあ、と書いてから2年が過ぎました。
結局買わずにこれまで来て、ずっとやっぱりメカが好きで買った時計をしていました。
自分にとって時計は実用品と言うよりも持っていて楽しい玩具ですので、それを満たす時計をずっと探していました。
しかし同時に、働いて色んな場に出かけなくてはならない機会が増えてきた今年三十路の人間としては、持っていて楽しいだけでなくそこそこ見栄えのすると言う条件も満たしたいと考えていました。
なかなか難しい条件です。

それで気が向いたときに色々と調べて、いくつか候補を決めて、実際にヨドバシで実物を見て、気がついたら「これ下さい」と言っていたので現在手元にその物体があります。

Seiko

すごく良い時計だと思います。
オートマチックで、一応デイデイトでパワーリザーブ付きです。
問題があるとすれば、写真写りが悪いことくらいで。
文字盤はもう少し控えめで、白っぽいんですけどね、確かにシルバーではあるんですが。
文字盤が黒のものもあったのですが、実物を見たら圧倒的にこっちでした。
でも写真写りはたぶん黒のほうが良いです。

物欲みたせて満足やっほーいというお話でした。
上の文章はこれが言いたいがための後付です、全部。
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kasa / 雑記 / comments(0) / trackbacks(0)
思い出はいつも綺麗だけれど
過去というのは不思議なもので、確実にその時間を過ごしたにもかかわらず、だんだんと記憶があやふやになって、そのうちに「昨日」や「一昨日」ではくくれなくなり、一緒くたに「過去」になってしまう、頭の中にしか存在しない状態です。
過去があるから現在があるというのは全くその通りですけれど、過去はもう過去のものなので、現在には存在しません。
頭の中の、夢の中の、ある意味理想化された時間軸です。

あとから、過去を振り返ってみると、「あれ?」と思うことが多々あります。
「あのとき、もっと仕事を進められたんじゃないか」とか「もっと上手にやれたんじゃないか」とか「なんでこんなにすっかりさっぱり進んでいないんだろう」とか。
しかし、このように思う要因の一つは「今から考えると」という後だしジャンケンと、頭の中にしか存在しない理想化された過去なので、実際に過去が「現在」だったときよりも随分と簡略化されている、つまり細かいことを忘れている、自分にとって都合のいい過去を基準に考えてしまっているためではないかと思います。
例え「今」の状態が自分が思い描いていたものと違ったとしても、それは過去の自分がサボっていたり力を抜いていたわけではなく、そのときはそのときでそこそこちゃんとやってたんだろうなあ、ちゃんとやってた結果が今なんだろうなあ、と解釈すると、それなりに納得できるかもしれません。

つまるところ、今の自分にどうにか出来ることは今の状況だけですので、現状で取り得る選択肢の中で出来る限り最善を尽くすしかないのかな、と思います。
その結果の先にある未来が現在の自分が思い描いているものと少々違ったとしても、未来の自分は現在の自分がサボっていたわけではないと解釈してくれるはずですし。

と言うことは、今、少々サボったとしても、未来の自分はサボってないと解釈してくれるわけです。
「サボった」という事実をしっかりと忘却した限りにおいては。
じゃあ、少々サボっても良いかなあ、と思わないわけでもありませんが、そのような「少々」の積み重ねが将来の「あれ?」につながるかもしれないと思うと、なかなか難しいです。
まあ、そのこともしっかりと忘却すれば大丈夫ですね。
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kasa / 雑記 / comments(0) / trackbacks(0)
広告を出ないように設定しました
今まで何度か書いたことがあったのですが、Jugemさんの仕様変更のたびに、少しずつブログに広告が表示されるようになってきていました。

どことなくなんとなく;記事に広告が挿入されるようになりました
どことなくなんとなく;移転を試みるも
どことなくなんとなく;記事内広告

ちょっとずつ目立つ形で広告が挿入されるにつれて、無料だったので文句を言える立場でないことを重々承知しつつも、モヤモヤとした気持ちになっていました。
特に記事内に広告が表示されるのは、精神的に我慢を必要としました。
見るたびに、モヤモヤ。

このままモヤモヤしていても良いことはないと判断し、ようやく有料版に移行して広告を消し去る決断ができました。
というか、完全にカッとなって勢いで設定した感じではありましたが。
物事を進めるときには勢いは大事です。

と言うことで、シンプルに広告が表示されなくなり、すっきり。
このブログは完全に私の自己満足の賜物ですので、精神的に充実感を得られることが何よりも大切なのです。

夏目漱石の「こころ」のなかでKが言う有名な「精神的に向上心のない者は、ばかだ」との台詞は、以前ブログに書いたこともありますが、向上心の捉え方が重要になる言葉だと思います。
自分の精神を高いレベルに保つ、精神を疲弊させ得る要因を取り除く、そのようなことも「向上心」と捉えるならば、今回ブログを有料版にしたことは間違いなく「精神的な向上心」を求める行為です。
自分は、ばかじゃありませんでした。
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究極の動き
鳥取大学の数学の入試で、こんな問題があったそうです。
http://news4vip.livedoor.biz/archives/50526640.html
P君に2人の女友達A子さん、B子さんがいる。
あるとき、P君が自宅を出発してA子さんの家に向かった。
しかし、自宅からA子さんの家までの距離の1/3進んだところで、思いなおしてB子さんの家へ向かった。
そして方向を変えた地点からB子さんの家までの距離の2/3行ったところで、また気が変わりA子さんの家へ向かった。
そこから1/3進んでまたB子さんの家へ向かった。
このようにしてP君はA子さんの家へ方向を変えてから1/3進んでB子さんの家へ方向を変え、それから2/3進んでからA子さんの家へ向かって進むものとする。
この迷えるP君の究極の動きを記述せよ。
ただし、A子さん、B子さん、P君の3人の家は鋭角三角形の3頂点の位置にあり、P君は方向を変えてから次に方向を変えるまでは必ず直進するものとする。
何とも趣深い問題です。
どこかで振幅運動するんだろうなあ、と予想は出来ますが、今の私にはそれを数学的に記述することが困難であるため、別の方法で記述したいと思います。
設問には別に、記述の仕方は指定されていないので。

P君の気持ちになって考えてみると、P君はA子さんともB子さんとも遊びたいわけです。
最初にA子さんの家に向かおうとしたところから察するに、P君が遊ぼうと思って最初に頭に思い描いた人はA子さんです。
しかし1/3ほど行ったところでB子さんに心変わりしてしまうのですから、この時点ではA子さんよりもB子さんに心が傾いています。
そして、A子さんのときには1/3しか進めなかったP君が、B子さんのときには2/3も進めています。

このことから、P君にとってA子さんは凄く遊びたいけれど敷居の高い人、つまり憧れの対象のような友人です。
一方でP君にとってB子さんは凄く遊びたいわけではないけれど気やすい人、つまり幼なじみのような友人です。

実際に凄く遊びたいのはA子さんの方ですから、B子さんの方に向かっていても心変わりしてA子さんの方に行きたくなります。
しかしとても敷居が高いのですぐに怖気付いて、B子さんに心が傾きます。
しかしA子さんは憧れなのでやっぱり遊びたいです。
しかしB子さんの気安さは素敵です。
しかし…

P君は優柔不断ですので、A子さんとB子さんの家の間をウロウロウロウロするはずです。
ちょうど、二人の家の間を4:3に内分する点と6:1に内分する点あたりを。

じゃあ、このように動くのがP君の究極の動きかというと、恐らくまだ不完全です。
問題の定義上、P君はこのようにしか行動出来ませんが、別の登場人物であるA子さん、B子さんは自由に動けます。
ここで、場合分けが必要になります。
P君が連絡もなしに女友達の家に向かうような人である場合と、きちんと連絡をしてから女友達の家に向かうような人である場合です。

前者の場合、P君が家に向かっていることはA子さんもB子さんも知りません。
当然、A子さんとB子さんの家の間のある点を往復することになってしまったP君を気にとめる人はいません。
P君は永遠に、A子さんとB子さんの家の間をさまよい続けることになります。

後者の場合、P君はまずA子さんに連絡しました。
しかし途中で、A子さんには行かない旨を、B子さんにはこれから行く旨を伝えました。
しかしまた途中で、B子さんには行かない旨を、A子さんにはやっぱり行く旨を伝えました。
しかしまた途中で、以下略。

するとA子さんもB子さんもいつまでも来ないP君を不審に思って、探しに出かけるのではないかと思います。
そして、ある点Pで鉢合わせする3人。
P君が最初に三人で遊ぼうとしなかったことから、A子さんとB子さんは仲が悪い、あるいはP君が二人に対してそれぞれに調子の良いことを言っていたのではないかと推察出来ます。
どちらの場合でも結果は明らか。
修羅場です。
A子さんとB子さんはともにP君を置いて去っていくと考えられますが、傷心のP君は生来の優柔不断さも相まって諦めきれず決めきれず、二人の家の間をウロウロすると考えられます。
P君は永遠に、A子さんとB子さんの家の間をさまよい続けることになります。

従って、P君はA子さんとB子さんの家の間をずっとウロウロとさまよい続けることになり、これは数学的にも証明されている事実です。
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