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研究者としての私の話を少し
今、私は大学の助教という立場にいます。
助教は、大学の教員の一つで、教員の中では一番の下っ端です。
助教→講師→准教授→教授というヒエラルキーのうちの、一番下っ端。
下っ端とはいえ教員ですので、もちろん学生を教育する責任を持っています。

同時に、大学の教員は「研究者」でもあります。
研究者の仕事は研究することです。
「研究」の本質の一つは、「未知」を「既知」に変えることだと考えています。
「教育」と「研究」と、この二つは分けられない部分も多いのですが、どちらも私にとってはやりがいのある大切な仕事だと感じています。

大学の教員の身分は、実はとても不安定です。
先ほどのヒエラルキーのうち、上に行けば行くほど安定ですが、裏を返すと下に行けば行くほど不安定です。
そして、同じ「助教」という身分であっても、例え付与される権限と責任は同じであったとしても、実は雇用形態は千差万別だったりします。
一番分かりやすいのは「任期」の有無で、大体は「一年」、「三年」、長くても「五年」の任期があります。
また、「更新」の有無もあります。
上記の「任期」が終わった時に、更新できるか否か、です。
更新回数に制限があることもあります。

このような観点から私の「助教」を説明すると、「一年」の「更新」制、更新回数の制限は「無」です。
今すぐに身分を失うことはないけれど、いつまでもこのままだとちょっとキツイ、と言う感じでしょうか。
「任期」のない身分になるまでの戦いはまだまだこれからだ!と言う感じです。
論文を出して業績を出して、もっといいポジションに移って、最終的に研究室を主催できたらいいなあ、と。
とにかく、ステップアップするには何らかの方法で状況を変える必要がありそうです。

研究室という単位で考えると、トップに教授が1人いて、准教授が1〜2人くらいいて、講師はいる場合といない場合があって、助教が1〜数人いる、と言う形態が多いと思います。
しかし、私のいる研究室は小さいところなので、教員は教授と私(助教)だけです。
もしどちらかがいなくなったら、残った1人に全ての負担が行くという構造になっています。
大抵の場合、このような構造であっても、いなくなるのは身分の不安定な助教の方で、教授は新しい助教を採用すれば良いだけですので、大きくは困りません。
研究テーマも教授のものですし、研究費も大体は教授がとってきてますしね。
いなくなるとしたら私の方だと、ずっと思ってました。

ところが、来春、教授がいなくなります。

研究室の教員は私だけになりますので、私は動くことができません。
私まで異動してしまったら学生に対する教育の放棄になってしまいますし、私には教授を選ぶ権利はありませんので、後任が決まるまでは実質的に私が1人でやらないとならなくなりました。
少なくても1〜2年くらいはかかるかなあと思います。
ちなみに、後任の教授が私の「助教」を「更新」してくれるかは分かりません。
あくまでも今の身分は「大学」と「私」との間の契約ではあるのですが、所属しているところの教授の意向は、やはりそれなりに反映されてしまいますので。

今後の研究はどうするか、学生の研究指導や教育はどうするか、研究費や人件費はどう捻出するか、色々とやらなくてはならないこと、考えなくてはならないことが増えました。
なかなか大変な状況になることがほぼ確定なのですが、私にとってはこれは自分の状況を変化させる大きなチャンスであると捉えています。
私の性格と能力上、自分で状況をどんどん変化させることは苦手なのですが、状況の方から勝手に変化してくれたのですから、これは恐らくチャンスです。

有難いのは、研究室の学生が私の残留を望んでくれたことです。
身分は相変わらず不安定なままですし、研究も教育もどうなるかさっぱり先が読めませんが、どちらも手を抜かないで私自身が納得できる形になるように頑張りたいと思っています。

2013年の抱負。
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