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吾輩は一人称である
一人称には色々あります。
私とか僕とか俺とか吾輩とか拙者とか朕とか某とか、色々。
普段の生活ではこれらの一人称のうちの、使いやすいものを時と場所と状況に応じて使い分けている人が多いのではないかと思います。
意識的無意識的に。

フォーマルな場では「私」、半フォーマルだけど少しは崩れるのが許される場では「僕」、友人や気心の知れた人たちの前では「俺」などです。
この一人称の使い分けは、他人の自分に対する印象に影響を与えるため、使い方がとても難しいです。
小学校の高学年くらいから高校いっぱいくらいまでの間、何を使っていいか分からずに、一人称を一切使わないで会話をしていた時期もありました。
そのくらいに、一人称はセンシティブになりうる問題です。

一人称が印象に影響を与える例として、小説や漫画や映画などの登場人物が使う一人称が挙げられると思います。
「吾輩は猫である」が、内容はそのままに「僕は猫です」であったなら、受ける印象は全然違ったものになりそうです。
僕は猫です。
名前はまだありません。

そのように考えて、一つ一つの一人称の成り立ちや語源を調べると、中々面白かったです。
日本語は一人称と二人称の区別が曖昧らしく。
「俺」も、もともとは「おのれ」で、これは自分を指す場合も相手を指す場合もあります。
「自分」もまさにそうですね。

因みに、今回のエントリは意図的に一人称を使わないで書きました。
このブログでは、始めた当初から今に至るまで一貫して一人称は「私」でした。
私にとって、このブログが一番社会的にフォーマルだと言うことですね。
今も背筋をビシッと伸ばして書いてるくらいですから。
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