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猫の手よりは自分の手を借りたい
やることがあって忙しい時は、ついつい「自分がもう一人いたら…」と考えてしまいます。
定期的に考えてしまいます。
しかし、このネタは過去に2回ブログに書いているので、二番煎じならともかく三番まで煎じたら出涸らしだよなあ、と言うことで、再掲することにしました。
今の気持ちを記すことが出来るし、ネタを考えなくていいし、一石二鳥!

2倍(どことなくなんとなく:2005年10月10日)

やることが沢山あるときには、「自分がもう一人居たら…」という妄想に捕われます。
パーマンに出てくるコピーロボットみたいなものです。

自分が二人居れば、一人は手を動かしてデータを出し、もう一人はパソコンで事務仕事をすることができます。
能率は二倍です。
しかも二人とも自分ですから、作業に関しては良くも悪くも予想ができます。
能力や思考パターンも同じはずなので、仕事の質も自分一人でやった場合と遜色ありません。
というわけで、もう一人の自分が欲しいです。
この際ドッペルゲンガーでも構いませんから。

しかし、よく考えると自分が二人に増えたところで能率が二倍になるとは思えません。
なぜならば自分の性格上、必ずラクをしようとするからです。
如何にしてもう一人の自分に仕事を押し付けて、自分は遊ぶかを考えると思います。
二人とも一生懸命相手を陥れる作戦を企てるはずです。
ところが、思考パターンは同じはずですから、作戦も同じになってしまい、結局勝負はつかないはずです。
二人で一生懸命働くと言う選択肢は存在しません。
そうすると公平にじゃんけんか何かで決めようと言う話になると思います。

じゃんけんぽん。あいこでしょ。あいこでしょ。あいこでしょ。あいこでしょ。あいこでしょ。あいこでしょ…。

考えてることは同じですからやっぱり勝負がつきません。
そしてこんなことをやっている間にどんどん時間が過ぎていき、結局何一つ終わらないままになってしまう様子が目に浮かんできます。
そして、お互いに「お前のせいだ」と罵り合うわけです。
自分が相手なら遠慮も何もありませんから。

結局こんなことを考えている暇があったら一人でやれってことですね。
ドッペルゲンガー(どことなくなんとなく:2007年2月18日)

今、結構たくさんやることがあって、地味に忙しいです。
忙しいことは決して悪いことではないと思うのですが、多分良いことでもありません。
こんなときは、ついつい「自分がもう一人居たら…」という妄想に捕われます。
パーマンに出てくるコピーロボットみたいな感じで。
前もちょっと書いたことありますけど。

「自分が二人いる」ということは、自分も相手も「私」なわけです。
一般的に性格や考え方などのパーソナリティは「遺伝」と「環境」によって形成されることになっています。
つまり「自分が二人いる」ためには、二人の自分の「遺伝」と「環境」が同一でなければなりません。
「私」の肉体が二つあれば、「遺伝」に関しては同一であると言えますが、難しいのは「環境」を同一化することです。
「自分が二人」欲しい理由は、自分が二人いれば作業を手分けして行うことが可能だからだと思うのですが、このことが「環境」の同一化を困難にしています。
仮に二人の「私」を「kasa1」と「kasa2」とすると、手分けをして別々のことを行うことで「kasa1」と「kasa2」は異なる経験をしたことになります。
異なる経験というのは「異なる環境」であり、身体的精神的に異なる経験を積むことは「kasa1」と「kasa2」のパーソナリティを乖離させる原因です。
この乖離が進むと「自分が二人」ではなく、遺伝的には同一の人物が二人、「双子」くらいには違った人物になってしまいます。
これを防ぐためには「kasa1」と「kasa2」の記憶および身体状況をシンクロさせねばなりません。
パーマンのコピーロボットはおでことおでこをくっつけることで記憶の共有が為されますが、そのような感じで。
そして記憶の共有が為された時点で、その記憶は「kasa1」が経験したものなのか「kasa2」が経験したものなのかが分からなくなります。
「kasa」の経験です。
同様に身体状況、例えば疲労や怪我なども同期する必要があります。
こう考えると、「自分が二人いる」ことで体や心にかかる負担が二倍になることが分かりました。
心身共に疲弊しそうですから、やっぱり自分は一人でいいです。

それにしても「自分が二人」というのは、考えると結構面白いです。
上記のような「ちょっとした経験の差」が、どのようにその後の運命を乖離させていくのかについて比較可能となります。
例えば「右足から歩き始めた場合」と「左足から歩き始めた場合」でその後の運命ががらりと変わる様子を観察できるかもしれません。
概念としては「パラレルワールド」に近いもののような気もしますが。

ブログをやってる「kasa1」とやってない「kasa2」、「kasa2」の方が幸せな人生だったとしたらちょっと笑えないなと思いましたが、比較する術はないので安心です。
とりあえず、私のやりたいことの一つである「ブログの更新」は、過去の「私」にやってもらった形になってますね、今回。
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